杉並ユネスコ協会
ユネスコのつどい・教育フォーラム2012
講演会「世界遺産 引き継ごう、人類の宝物」
― 近年の事例 イタリアと日本を交えながら ―
講師 西 和彦氏
(文化庁文化財部記念物課 世界文化遺産室文化財調査官)

教育フォーラム「世界遺産 引き継ごう、人類の宝物」

   2012年12月1日(土)午後1時半より、セシオン杉並2階視聴覚室において、「ユネスコのつどい」講演会「世界遺産 引き継ごう、人類の宝物― 近年の事例 イタリアと日本を交えながら」が行われた。講師は西和彦氏。イタリアと日本のケースを中心に世界遺産の歴史と現状、問題点、そして将来像などについて多くの映像も交えて、質疑応答も含めて2時間ほどのお話をいただいた。国際文化財修復研究センター(在ローマ)に派遣された経験もあり、世界遺産の現場で働く現役の講師からの話に、男女それぞれ年齢もさまざまの約40名余りの聴衆一同大変有意義な時間を過ごした。講演後は多くの質問が寄せられたが、時間の許す限りていねいにお答えくださった。

   世界遺産条約は1972年にスタートし、2012年の今年で条約制定後40周年を迎えた。11月には京都でユネスコのポコバ事務局長も出席して記念の会合が開かれた。日本の批准は20年前の1992年で比較的遅い方である。現在の登録数は1000件に近く、自然遺産(188件)に比べて文化遺産(745件)の数が多い(これに複合遺産が加わって合計で962件)。また、危機遺産リストにも38件が載っている。登録されれば、一件につき指定の金額が拠出されている場合もあるようだ。各国が暫定リスト(国内の世界遺産候補物件リスト)のなかから推薦したのち、毎年一度、一週間にわたって開催される世界遺産委員会で正式に承認される(暫定リストは英語・フランス語で記載されている)。一度に推薦できるのは一カ国二件まで、そのうち一件は自然遺産でないといけない。世界遺産の批准国は189カ国、パレスチナのように、最初はオブザーバーから正式参加する場合もある。21カ国の委員国の中からだいたい持ち回りで、世界遺産委員会が開催される。その中で制定委員会では各国の代表が暫定リストの世界遺産候補について発表を行うが、ここでの公用語も英語およびフランス語である。2012年はサンクトペテルブルグで行われた。

   登録に際しては、遺産それ自体の価値に加えて、維持管理可能かどうかが問題にされる。最近は鉱山が推薦されることが多い。西洋美術館のように国境を越えた登録運動がおこる場合もあるが、さまざまな困難が伴う。また、場合によっては緊急登録されるものもある。その場合、原則非公開の選考過程が、その限りでなくなることもある。

   2013年の世界遺産委員会はカンボジアのプノンペンでの開催が決まっている。日本からの代表団の参加者数が多いのは、次回の立候補をめざす自治体が職員を派遣するためでもある。イタリアには、大きさなど日本と似ている点もあるが、世界遺産条約の批准時期の違いもあって、世界遺産の数は圧倒的にイタリアが多い。(イタリア47件に対し、日本は16件) それぞれアッシジと平泉という世界遺産がそれぞれ地震の被害を受けている。文化遺産ゆえの保存の難しさが感じられる。また、登録の際には重要になるが、ある物件の歴史上の文化的価値、いわゆる「文化的景観」はイタリアが最初に提唱した。世界遺産以外にも数多くのユニークな文化遺産を保有する国である。日本の場合は次回推薦をめざす物件として富士山(文化遺産)の例があるが、二つの県にまたがっていて関係者が多いゆえの難しさもある。

   開始後40年を迎えた世界遺産条約は、条約としては成功例ではあるが、現在までにさまざまな問題が出てきている。世界遺産の登録件数が増えるにつれて現実的に費用も人出も足りないというのも問題としてある。登録にあたって改善を要求された国が、改善ではなく「外交努力」によって登録をめざしたり、戦乱のため破壊されたり、維持管理不能になっている世界遺産もある。

   世界遺産の保存に関して日本では考えられないような問題がある国もある。様々な問題があっても日本が世界の他の国に比べれば平和であると言える。また一度リストに登録されてから削除されたものもある。一方で、白川郷のように、単なる観光資源を超えて、地域の人口減防止に役立っている世界遺産もある。

   アンケートでは、好評価で、また他にどこの国の世界遺産に興味があるかという質問にも多くの回答が寄せられ、世界遺産への関心の高さが伺えた。

(石井明日香)