杉並ユネスコ協会
中学生クラブ「トルコ・イスラーム文化の体験」
2016年10月9日(日)東京ジャーミイ・トルコ文化センター

モスク全景

   10月の中学生クラブは年1回の屋外での異文化体験として、代々木上原にある東京ジャーミイ・トルコ文化センターを訪問しました。

   東京ジャーミイは国内最大級のモスク(礼拝堂)であり、そこでイスラームとトルコの文化を学ぶことができます。

   今回は東京ジャーミイの下山茂さん(下写真)にモスクを案内していただきながら、イスラーム文化についてお話を伺いました。

下山さん

   まず、下山さんは古代イスラーム文明がもたらした成果について、いくつか紹介してくださいました。

   例えば、アラビア数字や筆算など現代で一般的に使用されている計算方法は、イスラーム圏において考案されたものだそうです。

   他にも、チューリップやカーネーションなどの花も、実はトルコが発祥の地であり、同国からヨーロッパへ持ち込まれ、現在ではヨーロッパが代表的な産地になっているとのことでした。

   とくにチューリップはイスラームの1つのシンボルとして、モスクの装飾(左下写真)や花瓶(右下写真)にあしらわれています。

   そもそもイスラーム文明はギリシャ文明やインド文明から影響を受けて発展したとされており、そこで生み出されたものがヨーロッパ、そしてアジアへと広がっていったのです。

モスクの装飾 花瓶

   次に、下山さんは東京ジャーミイの成り立ちについて説明してくださいました。

   東京ジャーミイはロシアから移住したトルコ人によって、1938年に建設されました(現在の建物は2000年に再建されたものです)。

   トルコ人が移住した理由は、1917年のロシア革命の下で迫害を受け、外国に安住の地を求めたからでした。

   東京で新たな生活を始めた彼らは、まず教育施設として小学校(左下写真)を開設し、そして礼拝を行うためのモスク(右下写真)を建設したのです。

   モスクは伝統的な16世紀のオスマン・トルコ様式(最も宗教建築が花開いた時期の様式)を採用しており、荘厳かつ優美なたたずまいを見せています。

   なお、小学校は現在使用されていませんが、老朽化を理由として近く取り壊される予定となっており、それに対して見直しを求める動きも起こっているとのことでした。

小学校 モスク正面

   東京ジャーミイの建物周辺を案内していただいたのち、今度は実際にモスクの中に入り、礼拝をしている様子を見学させていただきました。

   ムスリムは1日に5回礼拝(アラビア語で「サラート」)をしますが、私たちが見学したのは3回目(15時前)の「アスル」と呼ばれる礼拝でした。

   下山さんによれば、ムスリムにとって礼拝は「体に栄養を取り込む食事のようなものであり、心に栄養を取り込むための大切な時間」なのだそうです。

   館内放送で礼拝の呼びかけ(「アザーン」)がなされると、信者がモスクに集まり、全員が一定の方向を向いて正座を始めました。

   一定の方向とは、モスク入口の正面向かい側にある、壁に掘られたくぼみ(左下写真)を指します。このくぼみは、メッカのカーバ神殿がある方向を指し示しています。

   信者は礼拝する際に、絨毯の上の赤いライン(右下写真)に沿って規則正しく並びます。これはイスラームの「平等」の考え方を表しているそうです。

   すなわち、「皮膚の色が違っていたとしても、また大統領や有名人であったとしても、神の前では一人のしもべとして平等に扱われる」と、下山さんは説明してくださいました。

   また、ムスリムには有色人種が多いとのことですが、それは彼らが「平等」の理念に共感して入信しているからであるともおっしゃっていました。

壁のくぼみ 赤いライン

   モスク内部の壁や天井には、華麗なカリグラフィの装飾が施されていました。そこには「貧しい人を救わなければならない」など、重要なコーランの一節や預言者ムハンマドの言葉が記されています。

   また、イスラーム文明で数学の知識を用いて生み出された幾何学模様が、モスクのドア(左下写真)や壁面といったさまざまな場所に使用されていました。

   さらに、モスク内部にはいくつもの色鮮やかなステンドグラスが使用されており(右下写真)、光が差すとそれらが美しく輝きます。

   ステンドグラスのデザインは模様が多く、人物は描かれていません。これはイスラーム教が偶像崇拝を禁止しているからだそうです。

モスクのドア ステンドグラス

   私たちが礼拝の見学を終えたあと、モスクの中では入信式が行われていました。

   入信式とはムスリムになるための儀式です。その日は、トルコ人男性と結婚した日本人女性の母親が入信式に臨んでいました(下写真)。

   イスラーム教の入信方法は非常にシンプルであり、証人であるムスリム男性2人の前で、「アッラー以外に神はなく、ムハンマドは彼のしもべであり使徒である」という文言をアラビア語で唱えれば、それで入信したことになります。

   入信式を行う場所もとくに決められておらず、必ずしもモスクで行う必要はありません(自宅でも行うことができるそうです)。

   式を終えた母親とその家族は皆笑顔で、周りの人たちから祝福されていました。

入信式1 入信式2

   モスク見学の最後に、下山さんはイスラーム教とイスラーム文化について理解を深めてほしいと、次の2つの話をしてくださいました。

   1つは、礼拝が男女別々に行われることについてです。モスクでは女性の礼拝の場が2階に設置されており(左下写真)、男性と同じフロアで礼拝することはできません。

   これは一見すると男尊女卑と受け取られかねませんが、下山さんはそれは誤解であるとおっしゃいます。

   本当の目的は、男性が女性に(女性が男性に)心を惑わされずに、礼拝に集中できるような環境を整えることなのだそうです。

   イスラーム教では礼拝の際によそ見をしてはいけないことになっており、隣に異性がいると落ち着かなくなるのが人間の本能であるため、それを抑える工夫をしているとのことでした。

   もう1つは、ムスリムの女性が被るスカーフ、あるいはブルカと呼ばれる全身を覆うヴェールについてです。

   イスラム教では女性は家の外で頭髪や肌を見せてはいけないことになっており、それらを覆い隠すような服を着用しています。

   これは女性に対する服装の強要であるとの見方もありますが、下山さんはそれも誤解であるとおっしゃいます。

   頭髪や肌を出さないようにしているのは、灼熱の地で暑さを和らげるための生活の知恵であり、それがイスラーム圏の風習となり、さらに宗教的意味を帯びるようになったとのことでした。

   実際にムスリムの女性もスカーフを被ることに対して嫌悪感はなく、むしろ信仰の証であり、女性の誇りであると感じているそうです。

女性用の礼拝場 下山さん

   今回の訪問を通して、イスラーム文化が私たちの現代社会に物質的にも精神的にも大きな影響を与えていることを実感しました。

   日本人にとってイスラーム文化は必ずしも身近なものではなく、ともすれば西洋のフィルターを通して見てしまう場合もあるかと思います。

   そうならないためにも、東京ジャーミイをはじめとする文化施設に実際に足を運ぶことが大切なのではないでしょうか。

   次回、11月12日(土)の中学生クラブは、セントメリーズ・インターナショナル・スクールの井上サンホ先生をお迎えして、"Study of Ethics"(倫理の授業)を行います。

(岩野智)